コリントの信徒への手紙二 13章13節 「父・子・聖霊のひとりの神」
「三位一体」は「相互作用する3点セット」の意味でつかわれることが多いのですが、それは本来の意味とは違います。三角錐のように3つの側面をもつひとつの「もの」というのがキリスト教本来の意味です。「三位一体」の神は、一人でありながら父・子・聖霊という役割の中で呼びかけと招きにおいて働き続けておられるのです。ユダヤ教からキリスト教への脈絡の中でいわゆる「偶像礼拝」は否定的に捉えられています。これはただ単に「偶像」を礼拝することが間違った宗教・汚らわしい宗教という意味ではありません。神とは物言わぬものではないのだということです。
「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」この言葉は、「三位一体」における恵みと愛と交わりとが、それぞれの姿の中で実体となること、現実となることを、働き続ける神への信頼のもとでの感謝と応答として相手に祝福を祈るものです。「三位一体」における神は固まって動かないものではないのだとの表明でもあります。絶えず、呼びかけと招きにおいて、その働きをやめない方なのだとの表明でもあるのです。
コリント教会はパウロがアキラとプリスキラたちと共同して立ち上げました。しかし、パウロがコリントを去ってから分派などの問題が次から次へと起こり続けていたのです。何とか解決策を見出したい思いでパウロはコリント教会に手紙を書き続けました。パウロが願うような解決の方向には至らなかった可能性はあります。そのことをパウロは自覚していたのでしょう。しかし、それでも教会が教会として同じ神を信じ、共に信仰生活を歩むことができることを信じていたに違いないのです。
人間の知恵には限界があります。様々なアドバイスを書き送っても、それが主イエスに倣い、応答していく証の態度であったとしても、あくまでパウロ自身の考えや理解から自由ではないという限界のあったことは言えるのです。だから、コリント教会の今を整えるために、まとめとして神に委ねる必要があったのです。それが「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」という祈りでした。具体的に神が働いてくださるに違いないと信じていたからでしょう。
わたしたちは、このパウロの13章13節の言葉を今のこととして受け止めることができるのではないでしょうか。「三位一体」「父・子・聖霊のひとりの神」が呼びかけと招きのあることを信じます。今もなお生きている神がおられることに信頼を置いて歩むことができる幸いに感謝したいと思います。
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