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2017年6月 4日 (日)

使徒言行録 2章1~13 「聖霊に満たされて」

 今日の聖書は、ガリラヤ人である弟子たちの語る言葉が、地中海沿岸の様々な国から来ている人々の母語として聞かれるという奇跡が起こったのだと記しています。この物語は聖霊の働きである「炎のような舌」は、言葉によってお互いの思いが腑に落ちる仕方で共鳴することが起こることであり、この共鳴によって真実の言葉のあり方とか行方について知らせようとする意図があるのではないでしょうか。
 創世記のバベルの塔の物語(創世記11:1-9)を思い起こします。人間が人間であることをわきまえず、創造者であるかのごとく考え、遺伝子操作などにまで手を出す人間の傲慢さや思い上がりについてです。この被造物である世界、神によって「よし」とされたはずの世界が破滅に向かう途上にあると。バベルの塔の建築をやめさせるために神は言葉を混乱させました。聖霊降臨の出来事は言葉が再び通じ始めるという奇跡です。しかし、バベルの塔の建築を再開させるような意味や意図のもとではありません。人間が自らの能力を誇るのではなく、人間の限界の中で与えられた役割に誠実に応えていくために、言葉は与え直されたのではないでしょうか。人間同士のコミュニケイション、話せば分かるはずだというところにこそ可能性があるのだと。
 対話の可能性の根拠は人間の側にはないし、作り出すこともできないのです。「炎のような舌」としか呼べないような、突然やってくる神からの働きです。イエス・キリストの意思・願いです。生前の主イエス・キリストが目指したところの水平社会です。聖霊の導きのもとで言葉を通じさせていくことによって、人間性の破壊ではなく、心と心が言葉によって共鳴し、共に生きる喜ばしさへと招かれているのだと確認したいのです。人間同士の関係性の再構築なのかもしれません。
 現代社会は世界的に、憎しみとか軽蔑という回路によって組み換えられつつあります。世界は、自分の国、自分の民族、自分の地方を第一とする、このような発想に支配されつつあります。
 今日の物語は、このような「○○ファースト」というエゴイズムを正面から否定する信仰的理解の表明です。聖霊のもたらす言葉の働きとは、人間の尊厳を取り戻すための神の側からの呼びかけの信仰なのです。この聖霊の働きに委ねていくならば、主イエスの言葉につながっていくことができるはずです。このような方向性を言葉において聖霊に満たされていく道が聖霊降臨の出来事です。あの日、あの時教会に与えられたサプライズギフトです。この聖霊という贈り物を受けた初代の教会に連なるものとしての責任に生きることを確認したいと思います。言葉という不便な道具を用いながらも、心と心が共鳴し、つながり合っていくところから新しい世界観が示されていくに違いないと信じることができるからです。そのためのイエス・キリストの聖霊の力に委ねて祈りましょう。

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