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2015年10月18日 (日)

マルコによる福音書 7章1~23節 「権威を笑い飛ばせ」

 「それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。『皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。』」(7:15)とは、痛烈な皮肉です。このニュアンスを意訳すれば、自称律法を守っていて自らを「聖い」と考える人たちは立派なものだよ、聖なる食物を聖なる人たちと聖なる仕方で食べることで体に聖なるものを入れることで聖さを保っているのだね、見上げたものだ、りっぱなものだね、さぞあなたがたの体から出てくる排泄物、ウンチはさぞかし神々しくて聖いものなのだろうね。こんな感じでしょうか?
 この論争の場に居合わせた律法を守らない、守れないことで穢れたと日毎に断罪されている人々にとっては、スカッとするような爽快で明快な言葉として聴かれたであろうと思われます。想像すると爆笑の渦に包まれたのだろうと思うのです。あれだけ、毎日毎日「お前たちは穢れているが、俺たちは聖いのだ」そのように主張している人たちを一瞬で相対化してしまうような言葉が、ここにはあるのです。
 当時の常識とか社会の基礎とされ、信じられている規範、それを笠に着ている権威を一言で相対化することによって、笑い飛ばしていく生き方、ここに庶民の知恵があります。「斯く斯く云々の理由で」という理屈は、議論に乗る仕方で前提として権威とか権力を認めてしまうのです。そうではなく、彼らの議論の前提さえも相対化しうる視座からの発言だと読み取るべきなのです。
 日々虐げられる庶民が生き抜く知恵とは、権威や権力を笑い飛ばして行くところに、その生き方があります。イエスこそ、その笑いに生きた人であったと考えられます。
 今日の聖書の語るイエスの生き方とは、権威や権力を笑い飛ばすことによって、それらを相対化することでしょう。権力を笑い飛ばす「ワザ」とヒントを与えてくれる本があります。佐高信・松元ヒロ『安倍政権を笑い倒す』(角川新書)
 わたしたちは、非常に硬直した日本という国に暮らしています。戦争法案が可決されていく過程を見ていると大変危険な時代であると実感しています。だからこそ、今こそイエスに基づく、権威を笑い飛ばす生き方に向かって観察力と想像力をもって歩んでいく決意が求められているのではないでしょうか?
 笑い飛ばすことで何が変わるのか、そんな問いも生まれてくるかもしれません。しかし、戦争を中心として国を動かしていこうとするあり方に抗する生き方として、笑いの意義を今一度再構築する季節にいるのだという自覚のもと、主イエスに従う者として整えられたいと願っています。

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