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2015年10月11日 (日)

ルカによる福音書 2章22~38節 「シメオンの信仰に倣って」沼田弘行 神学生(農村伝道神学校)

 ベツレヘムで誕生したイエスは、ユダヤの習慣に従って、8日目に割礼を受け、イエスと名づけられました。最初の男の子は生まれて40日目に、エルサレム神殿において、ユダヤの律法と、モーセの故事に倣って、男の子を神のものとして、神に献げられました。普通であれば1歳の雄の子羊1匹と山鳩か家鳩が献げられるのですが、貧しい人は、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽を犠牲として献げたのでした。
 この時エルサレム神殿ではシメオンと女預言者アンナが、救い主が来られるのを待っていました。シメオンは、聖霊のお告げにより「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない」と語られていたのです。多くのユダヤ人たちが神さまを信じ、メシアの到来を待っていると語りながらも、律法をおろそかにしたり、律法主義に陥ったりする中、シメオンは、たとえどんな悪い時でも決してたじろぐことの無い強い信仰と希望を持っていました。神を畏れ、つつましく生活をしている人でした。
 シメオンは、幼子イエスを見つけ腕に抱き、そして神を讃えて、「主よ、今こそ、あなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と語ります。この時、シメオンは、主なる神さまの救いを見たのです。主なる神さまによる救いを確信したのです。ここにシメオンの喜び、平安があるのです。
 救い主イエス・キリストに出会うことは、救いであり、恵みです。この救いが、目前に肉体の死を控えている老人に与えられたのです。救いとは、死を超えて働く力であり、肉体の消滅のみで終わるのではなく、肉体の死を超えて永遠の生命が与えられることです。
 シメオンとアンナの信仰に倣って、礼拝と祈りに励みましょう。忍耐強く、神を待ち望む者に、神は栄光と希望を約束されます。

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