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2011年8月14日 (日)

マルコによる福音書9章35~37節 「子どもと大人」 小山廣重

最近、幼児教育の分野で、具体的な教育法を提示するモンテッソーリ法が注目されています。この教育法の創始者マリア・モンテッソーリ(1870~1952)は医師でした。初めての仕事が精神病院の助手でした。そこでの経験から精神病者の治療は医学的治療よりも人間の尊厳を基調とする教育的治療こそ必要と発表し、それが契機となり、国立特殊学校がイタリアで設置されました。その学校の主任となり、観察に基づく子どもの教育についての実証を重ねました。医師として世に出ましたが、教育の道に自分の使命があるとして、ローマ大学に戻り、哲学、心理学、教育学を学びました。数年して、健常児の学齢前の子どもの教育に携わることになりました。モンテッソーリは、この教育の場を子どもが主人である「子どもの家」と名付けて、ここで更に子どもの可能性を探求し、モンテッソーリの教育法を確立してゆきました。その中で、およそ3歳までの期間を、適応の期間として人の一生の中で非常に重要な期間であることを見出しました。すなわち、子どもはこの期間に、意識することなく、何の苦労も感じずに、環境を吸収してしまいます。それも人にとって大切なものすべてを、一滴も漏らさずに吸収するというのです。吸収したものは子どもの精神に生命記憶として一生記憶されて続けているということです。母国語の吸収はその典型的なものです。子どもは、この潜在意識による吸収により、その時代と民族の典型的な人となります。しかも、考え方と文化も共にです。ですから、人は、どんなに酷寒の地に生まれようと、あるいは暑い砂漠の地に生まれようと、自分の生まれた場所を他のどのような場所よりも愛します。これに対して、大人は記憶しようとするものは意識的に努力しなければ、記憶できません。また、記憶しても、思い出す機会が少なければ、忘れてしまいます。この生命記憶により、子どもは時代と時代の文化を繋ぐ結び輪のようなものです。「人間の精神を変えるには、子どもに働きかけるべきです。」とモンテッソーリは言うのです。モンテッソーリが教育の目的に掲げたものは「戦争の無い調和のとれた世界を築くことができるよう、また更には、人間一人一人が、宇宙の進化に貢献できるまでに人間の精神レベルを高めること」でありました。私たちも子どもやいと小さき方々を主イエスをお迎えするように忍耐と献身的態度を持って受入れる者となってゆきたいと思います。

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